LOVE小樽

「龍宮閣」跡地の不思議

小樽のはずれに眠る、オタモイ遊園地跡地

小樽に住んでいる私でさえ、初めて写真を見たときは目を疑った。
断崖絶壁に突き出すように建つ巨大な建物。
龍宮城のようで、夢のようで、現実とは思えない姿。

断崖絶壁に建つ龍宮閣の水彩画
01

「こんな場所に、本当に建物があったの?」

そう思わずにはいられない。
だって今のオタモイは、ただ静かで、ただ美しくて、そして“何もない”場所だから。

行くのも一苦労で、道なき道を進むような心細さがある。
人もほとんどいなくて、途中で「本当に着くのかな」と不安になる。
でも、たどり着いた先には、海と空だけが広がる圧倒的な景色がある。

私はオタモイに住んでいたことがあるから知っている。
ここは、ただの廃墟跡ではない。
小樽の人たちの記憶の中で、ずっと“謎”として残り続けている場所だ。

02

かつてここは、夢の巨大リゾートだった

オタモイ遊園地は昭和初期、個人が私財を投じてつくり上げた一大レジャーランドだった。
中心にあったのは、断崖絶壁に建てられた高級料亭「龍宮閣」。

龍宮閣は、京都・清水寺と同じ“懸け造り”の三層楼。
資材は馬そりや艀で運び、職人が命を落とすほどの難工事だったという。

遊園地には

  • 800人収容の大演芸場
  • 2000坪の児童遊園
  • 大衆食堂「弁天」
  • 白蛇弁天堂
  • オタモイ地蔵尊

などが並び、夏には海水浴客も押し寄せ、
1日で数千人が訪れる人気スポットだった。

今の静けさからは想像もできないほどの賑わいだ。

03

なぜ“跡形もなく消えた”のか

オタモイ遊園地は、華やかさの裏で数々の悲運に見舞われた。

  • 1939年:大雪で演芸場が倒壊
  • 1940年:弁天閣が地滑りで海岸まで流される
  • 戦争で行楽が自粛され、経営悪化
  • 1952年:龍宮閣が火災で全焼 → 遊園地閉園

残った建物も危険のため解体され、
2006年には遊歩道が大規模崩落し立ち入り禁止に。
今では海上からしか跡地を見ることができない。

04

地元民の間で“ミステリー”として語られる理由

オタモイには昔から不思議な伝説が残っている。

  • 女人禁制の奥地に迷い込んだ乙女の伝説
  • 白蛇弁天堂
  • 子宝を授ける地蔵尊

こうした物語が、オタモイの“神秘性”をさらに深めている。

でも、ここは“怖い場所”ではない。物語のある場所だ。

断崖絶壁の景観、海の青さ、静けさ、風の音。
そのすべてが、かつての賑わいと重なり合って、
どこか現実離れした雰囲気をつくり出している。

おわりにー信じられないほどのギャップが、
オタモイの物語

今のオタモイは、ただ静かで、ただ美しい。
でも、かつてここには数千人が訪れる夢のリゾートがあった。

その“信じられないほどのギャップ”こそが、
オタモイ遊園地跡地の魅力だと思う。

小樽のはずれにひっそりと残る、夢の跡。
海と空だけが知っている物語。

その静けさの中で、かつての賑わいを想像しながら歩く時間は、
小樽をもっと好きになるきっかけになる。